レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

カテゴリ: 沢田研二

    最近、少しだけ時間が出来て来たからか、ふと思い出すことが多くなってきた。もう7年も前だが、ジュリーがワイルドワンズとジョイントした「涙がこぼれちゃう」の作者、吉田Qのことを思い出した。鈴木雅之が〝ネオ・レトロ〟と呼んだ彼の作品は、切なく甘酸っぱいメロ ...

  大学生になった僕にとって、一番大切だった事はジュリーの真似をすることだった。長髪にパーマをかけ、DOMONのブラウスにベルボトムのジーンズ、それからラビット襟のシャツにスリー・ピースのスーツ、そしてヒールが7センチあるロンドン・ブーツを履いて大学に通った。授 ...

1968年の秋、都心で一人暮らしを始めたジュリーの愛読書は山本周五郎。ドラムを始めたり、カンツォーネを歌いたいと語っているが、どちらもステージで実現している。とりわけカンツォーネに関しては、彼の歌う「アモール・ミオ」はミーナの原曲よりも素晴らしい。 ...

ここ何年か誕生日を迎えると来し方を顧みてしまう。こんな生き方で良かったのだろうかと、それはいつも心を重く暗くするが、やがて自らがないものねだりをしているに過ぎないことに気づき、振出しに戻る。僕にとっての振出しは、間違いなく1973年だ。このCMソングを聞くと ...

  僕が観たアーティストの数々のステージ・パフォーマンスの中で、今も記憶に残る衝撃のパフォーマンスがある。それは1968年の春に行われた第35回日劇ウエスタン・カーニバルのザ・タイガースのステージ、ジュリーが歌う「傷だらけのアイドル」だ。「傷だらけのアイドル」 ...

昨日、久々にジュリーの「un democratic love」を聴いた。東北大震災以降、彼の作品の多くは政治に対する強烈なメッセージを帯びている。ザ・タイガースが人気の頂点にいた頃、渡辺プロダクションは既に政界との太いパイプがあり、当時の首相だった佐藤栄作はジュリーにむか ...

僕のブログを読んで下さった「Saoの猫日和」様が、1972年の「女学生の友」でジュリーが第1位だったことを書かれていた。http://blog.goo.ne.jp/nagatasatoko/e/5b172bdae228f16d5b2bf10dfcd6d093ジュリーは、1974年には「女学生の友」の対極に位置するようなロック・ミュ ...

  大学受験浪人が許されなかった僕は、高校時代の殆どの時間を受験勉強に費やしていた。辛うじて同志社大学に現役合格できたが、入学式の折、生涯忘れることの出来ないカルチャー・ショックを受けた。勉強が精いっぱいで、容姿など頓着する余裕の無かった僕の目には、周囲の ...

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