来年、本当にオリンピックできるのだろうか?ぼーっと考えていたら、前回の東京開催の時を思い出した。1964年、日本は確かに浮かれていた。〝シェー〟とか〝ガチョーン〟とか、意味不明な言葉がフリを付けて流行っていた。〝シェー〟はおそ松くんのイヤミ、というか赤塚不二夫が流行らせて、〝ガチョーン〟は谷啓だった。谷啓は、クレージーキャッツの中ではリーダーのハナ肇を横に置くと、植木等に次ぐ人気者だった。仮にハナ肇をドリフターズのいかりや長介に置き換えると、植木は加藤茶、谷啓は志村けんといったような、そんな構図だった。といっても、あくまでも人気の上だけの構図で、谷啓と志村けんは全くキャラクターが違っていた。1964年3月、谷啓が主役のテレビ番組「天下の若者」が始める。このテーマソングの歌詞の一部「すべって転んで泥だらけ、それでも幸せつかんでる、それが天下の若者さ」というフレーズは今でも歌うことが出来る。「天下の若者」は毎週金曜日の午後八時から一年間に亘って放送された。当時の谷啓はよほど人気があったのだろうか、放送終了後の65年にはまた彼が主役の「天下の学園」が後番組として始まった。ストーリーは全く覚えていないが、谷啓の恋人役で園まりが出ていた。園まりは、当時所属プロダクションがプッシュアップしていて、翌年「手編みの靴下」じゃなかった「逢いたくて逢いたくて」が大ヒットする。ところで、この番組で特に印象に残っているのは、教授役の植木等が登場するシーン。僅か数分のシーンだったが、ほぼ毎週、同じようなパターンで、植木教授はドン・キホーテを熱く語っていた。で、何故印象に残っているかというと、彼がドン・キホーテを語る時にバックに流れるBGMが最高にイカしていたからだ。今なら検索すれば直ぐに曲名も分かるが、当時はその曲を聴くためだけに毎週植木教授の出るシーンを待っていたのだった。