K-POPが民族音楽路線に行ってから、殆どコンテンポラリーな音楽を聴いていない。USチャートを見たら、少し前に話題になったエイバ・マックスはレディ・ガガから進化していないし、チャート・インしている殆どが暗くて鬱陶しい。思えば僕が洋楽を一番多く聴いたのは1971年だったと思う。フェイセズはリアル・タイムで聴くことが出来なかったが、5年遅れてミシェル・ポルナレフがやって来た。ポルナレフの場合、1966年のロンドンでのレコーディングにジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加しているのが凄い。同年に作られた「Love Me Please Love Me」が「愛の願い」になってやってきたのが1971年。この曲をリアル・タイムで聴いていたら、僕の1966年は「イエスタディ」一色にはならなかったかも知れない。ところで1971年当時、ストーンズやエルトン・ジョンといったビッグ・ネーム以外で、確実にリアル・タイムで聴くことが出来たのがオランダのバンド、ショッキング・ブルーだった。高校二年生の夏休みも終わりに近づいた頃、部活があって夕方から学校へ行った。深夜放送で「悲しき恋心」がよくかかっていた頃だった。この曲を聴くと、夕暮れの人気のない校舎を思い出す。