ショーケンの訃報に関連してYahooにこんな記事が掲載されていた。

〝作家の乙武洋匡さんが2019329日、こんな書き出しでツイッターを更新し、ある疑問を呈した。「4度逮捕された萩原健一さん、3度逮捕された内田裕也さんは『カリスマ』と持ち上げ、新井浩文さん、ピエール瀧さんは徹底的に糾弾し、『復帰は許さない』とするのは何故なんでしょう」〟

この乙武氏の発信には圧倒的に批判の声が多い。発信者が乙武氏であることも理由の一つであるようだが、死者に鞭打つことや彼が時代を認識していない事への批判が大半を占めている。

確かに乙武氏には時代の認識がない。それは過去と現在という異なる時代背景において、マスコミの論調が違っていて当たり前といったような論理ではない。ユーヤさんはさておき、60年代から70年代にかけてのショーケンの存在感に関する認識が乙武氏には全くないのだ。ショーケンは1967年、ザ・テンプターズのリードボーカルとしてデビューするや、当時のカリスマ沢田研二の対抗馬へと伸し上がり、70年代に入って俳優に転身すると忽ち「太陽にほえろ」で従来のテレビ番組における刑事像を覆し、「傷だらけの天使」と「前略おふくろ様」では真逆のキャラクターを演じることで大衆の心を掴み、また映画では「股旅」「青春の蹉跌」など独自の存在感を確立する一方でミュージシャンとしても活躍。表現者として天賦の才を如何なく発揮する。また彼はテンプターズの頃から若者のファッション・リーダー的存在で、70年代に入ってからはメンズ雑誌の常連となるなど、当時の若者たちに圧倒的な影響力を放っていたのだ。まさに1970年代のアイコンで、マスコミがカリスマと「持ち上げている」のではなくて、事実カリスマだったのだ。

乙武氏は1976年生まれだからショーケンの作った時代を知らない。彼が正しい情報を持ってから発信すべきだったのかも知れないが、やはり時代認識を正確に伝えるのはメディアの役割なのだろう。

ところで乙武氏だが、僕の友人がお嬢さんの通う私立校のPTA会長をしていた時、乙武氏を招いて講演会を行った。例の問題が発覚する数年前の事だ。友人曰く、私学だから支払える高額な講演料だったそうだ。その後、乙武氏は例の問題で話題となる。友人は高額な講演料どころではない、教育者としてあるまじき行為だと非常に怒っていた。

ショーケン1
ショーケン2