1972年の歌謡界№1アイドルは女性・天地真理、男性・野口五郎だった。この年の5月に開催されたウエスタンカーニバルで、伊丹幸雄、田頭信幸、西城秀樹の3人がデビューする。デビュー当初は伊丹幸雄が頭一つ出た感じで芸能雑誌では野口五郎との対談記事などが掲載されたが、8月に伊丹よりもキャラクターの濃い郷ひろみがデビューすると一気に抜かれた。伊丹と郷は同じCBSソニー所属で、郷がデビューする前、伊丹は〝ソニー坊や〟というキャッチフレーズでプッシュされていた。だが郷がデビューすると、CBSソニーは伊丹から郷にシフトチェンジした。郷は、この年の1月に始まったNHK大河ドラマ「新・平家物語」で認知度を上げた後、ファンの期待を十分に膨らませてからレコードデビューさせるジャニーズ事務所の戦略によって登場したわけだが、彼のデビューはキャラクターの被る伊丹の存在感をあっと言う間に消去してしまった。その点キャラクターがまるで違った〝ワイルドな17才〟西城秀樹は翌73年に大ブレイクし、野口や郷と肩を並べる存在になった。
 

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  僕は田頭信幸に興味があって、この「HEIBONSONG」という歌本をオークションで入手したが、ページをめくっていて記憶の片隅に残っていた懐かしい歌に目が留まった。それは、かぐや姫の「僕は何をやってもだめな男です」だった。1972年のかぐや姫は、まだヒットのないマイナーな存在で、どちらかと言えばコミックバンドの印象が強かった。「僕は何をやってもだめな男です」は作詞が伊勢正三、作曲はこの年大ブレイクした吉田拓郎。この曲を深夜放送で初めて聴いたとき、吉田拓郎の独特ともいえる軽快なメロディが耳に残った。だが当時の僕は、この歌を口ずさむことが出来なかった。例えば余程の恋愛達者でない限り、恋人と別れた直後に別れの歌を口ずさむことなどできないだろう。それと同じで、それほど当時の僕は自分のことを〝ダメな男〟だと思っていたのだ。
 さて翌73年、かぐや姫は「神田川」の大ヒットで一躍メジャー・シーンに躍り出る。その後「赤ちょうちん」「妹」と立て続けにヒットを飛ばした彼らは、ついに同志社にやって来た。1974年の初夏の事だった。コンサート会場になった学生会館は何時間も前から長蛇の列が出来ていた。僕はとりたてて彼らのファンではなかったのだが、同じサークルにいた同級生の女子から誘われたのでコンサートを観に行った。後になって知ったのだが、僕を誘った彼女はこの頃サークルの先輩と付き合っていて、どうやら僕に乗り換えようと考えていたらしい。僕にはその気がなかったが、もしコンサート会場で先輩に見つかっていたら、えらいことになっていただろう。ところでこの時、大スターになっていたかぐや姫は、もちろん「僕は何をやってもだめな男です」など歌わなかった。