BS朝日の「お笑い演芸館」を何気に観ていたら、まさに60’テイストとも言うべきお笑い芸人に出会うことが出来た。その芸人さんの名は中津川弦。彼のプロフィールを調べようとインターネットで検索していたら、なんと今から7年前の2011年に書かれた「中津川弦 謙虚な姿勢で自虐を連発、昭和浪漫あふれる漫談家」と題したコラムがあった。

-演芸場を中心に活動する“シャープでホットな漫談家”、中津川弦だ。落語好きが大学に進学。落研に入り、立川志らく主宰の「らく塾」にも参加。学校には行かず、寄席通い。お笑い好きに拍車がかかった。「後には引けない状態なれば」と、大学を中退。志らくに弟子入り志願に向かうも、ふん切りがつかず、とうとうフーテンの身に。そんな時1枚のチラシが目に入った。昭和のコントブームで一世風靡した元ストレートコンビの橋達也が座長の「お笑い浅草21世紀」でオーディションがあるというのだ。「浅草の舞台に立てる足がかりになるって思いましてね」。漫談で挑戦するも不合格の連続。2年間挑戦を続け、木馬亭で初舞台。「この時ウケたことは忘れませんね。橋さんに褒められ、先輩芸人からも声をかけられました」と振り返る。「フォークジャンボリーが開かれた『中津川』と、ギターの『弦』から」という芸名は、演歌の作詞家か作曲家風。ビシッとスーツで舞台に登場して「若さはじけるハッスルボーイ」と自己紹介するも、若さが弾けない33歳。「すぐ終わりますから」と自虐ネタで引きつける。謙虚、ていねい、古臭い。繊細な「ですます調」のしゃべりの中に、「ナウい」などの死語をサラリとからめ、さりげない間のわかりやすいオチは、演芸場にピッタリの話芸だ。モノまねネタも小椋佳、さとう宗幸、布施明とレトロ調。ワンフレーズながら不思議にウケる。この中津川話術の秘密を尋ねると、「昔の演芸人が大好きなんで。まわりとのコントラストになるかと思いましてね」と、これもまた謙虚に答える。時事ネタを中心に自虐を入れつつ淡々と放つギャグ。昭和浪漫あふれる“ハッスルヤング”の漫談はたまらない。24日は新宿末広亭の「ロケット団 定例集会その51」に参加する。ナマ中津川弦を味わいに、足を運んでみては。(演芸評論家 高山和久)」-

彼のネタは駄洒落中心なのだが、その駄洒落がウケるのではなく駄洒落の前後で笑いを取る。ある意味アバンギャルドとも呼べる芸風なのだ。そういった意味でも1960年代のテイストそのものの芸人さんだ。