僕が生涯に一度だけ「追っかけた」アイドルが麻丘めぐみだった。

あれは1972年の夏頃だったと記憶している。土曜日の午後、天王寺の近鉄百貨店に麻丘めぐみが来るという情報を同じクラスの寺井君から聞かされた。「それが何やねん?」と一瞬思ったが、興奮気味に語る寺井君の情熱に圧倒された。おそらく僕は勉強のし過ぎで狂っていたのだろう。授業が終わると寺井君と二人で、近鉄百貨店の屋上にある植物園に向かった。僕たち二人が到着した時、ステージ会場の植物園は学生風の男子でいっぱいだった。中には違うクラスの同級生の顔もあった。暫く待っていると突然雨が降ってきて、会場が階下の催し会場に変更になったことを聞かされた。僕と寺井君はみんなと一緒に大急ぎで百貨店の階段を駆け下りた。文字通り、アイドルを追っかけたのだ。たどり着いた会場には座る場所もなく、みんな立ち見で麻丘めぐみの登場を待つことになった。暫くして彼女はしずしずと登場したが、デビュー曲の「芽生え」を途中まで歌うと咳き込んで歌えなくなった。隣にいた関係者の男が、彼女が疲れのため歌えないことを伝えてそれで終わり。麻丘めぐみはその男と一緒に会場から姿を消した。僅か数分の出来事だった。僕は「それが何やねん」と一人呟きながら、ポケットの単語帳を開いた。

 今、思うと1972年という年は、エポックな年だった。年頭に「あさま山荘事件」が起こり、若者たちの政治離れが加速した。「結婚しようよ」や「傘がない」など、若者の意識が社会から自分個人へと移り変わってゆく時代背景が歌われたのもこの年だ。郷ひろみが歌手デビューし、「おいで遊ぼう」と歌ってくれたおかげで、それまで女子の特権だったアイドルの「追っかけ」を男子も大っぴらに出来るようになったのだ。ということは、僕は時代の先端を走ったということか・・・・・。寺井君に感謝だな。