君だけに愛を

 ちょうど50年前の19671225日、ザ・タイガースの4枚目のシングル「君だけに愛を」がリリースされた。この曲こそザ・タイガースにとって、そして10年後の77年にレコード大賞を獲り名実ともにスーパー・スターとなる沢田研二にとって、まさにエポックとなる楽曲であった。

「君だけに愛を」発売日の前月、あやめ池のコンサートで負傷者が出たことを理由にNHKから締め出されたザ・タイガースは、その逆風をこの曲の大ヒットによって跳ね返す。翌68年、レコード大賞や紅白といった既存のスタンダードに対して、オリコン年間第1位、武道館単独ライブ、球場ライブといった独自のスタンダードを確立し、ミュージック・シーンを席巻するのだ。そして沢田研二は、オーディエンスに指さす圧倒的なステージ・パフォーマンスによって〝グループ・サウンズのアイドル〟から〝日本のアイドル〟へと一気に駆け上がり、我が国ミュージック・シーンにロックが根付く下地を作るのである。

時を遡る事1952年、米軍の占領が正式に終わり晴れて日本が主権国家となった427日、美空ひばりは女性歌手として初めて東京・歌舞伎座で公演を行い、「りんご追分」をお披露目する。この象徴的な日に、オールラウンダーの天才歌手が「りんご追分」という演歌を歌ったことで、我が国において演歌が大衆音楽の主流となったのだ。デビュー当時、良識者たちからゲテモノと蔑まれていたひばりは、この日を境に歌謡界の女王として君臨する。それから15年の歳月を経て、同じように良識者と呼ばれる旧人類から全否定された沢田研二は「君だけに愛を」をヒットさせることで日本一のアイドルとなり、その後のミュージック・シーンを変えて行くのである。それ故19671225日は、1952427日と同じように日本のミュージック・シーンにとって大きな意味を持つ日なのだ。1225日は我が国大衆音楽史において単なるクリスマス・デイでは決してない。