〝少年〟が少年月刊誌の表紙を飾っていたころ 2014年05月25日 16:32 今日、近くの図書館に行き、何の気なしに雑誌のブースを見ていたら、「ドラゴンエイジ」という月刊誌が目に留まった。表紙を飾っているのはアニメの〝少女〟。だが中身は殆どが小説だったので、ターゲットとしている読者層が気になり、帰宅して調べたら「少年月刊誌」だった。よく年配の方から「年を取ると世の中が分からなくなる」ということを聞かされ、「俺に限っては」と思っていたのだが・・・・・。僕たちの少年時代は、いつも元気な少年が月刊雑誌の表紙を飾っていたのだった。 「月刊少年雑誌」カテゴリの最新記事 < 前の記事次の記事 > コメント コメント一覧 (4) 1. MUSASHI 2014年05月25日 22:59 確かに当時の少年誌の表紙は、スポーツ選手、戦車や飛行機、そして元気な少年の写真がほとんどでしたね。「男女七歳にして席を同じうせず」の名残りか、女の子の表紙は気恥ずかしくて60年代には受け入れられなかったのかもしれません。 それが1970年代になると、いわゆるアイドルブームで少年サンデー、マガジンの表紙にも女の子が登場するようになりました。特に印象的だったのが松本ちえこさん。1976年の秋だったと思いますが、同じ週のサンデーもマガジンも彼女が表紙でした。♪まんまる顔の女の子はいい妻になれるって。私ってなれそう?ねっ、バスボン♪と歌っていましたが、どんな奥さんになったのでしょう。 2. 囃ハルト 2014年05月26日 16:55 松本ちえこさんの人気は凄かったのですね。 1976年というと丁度、国家試験を受験した年でした。受験した科目に無事合格できたので今があるのですが、その分、当時の娯楽情報が欠落していました。キャンディーズのメンバーのニックネームも解散が決まってから知りました。 私の記憶では女性アイドルが少年週刊誌に登場したのは1973年の藤圭子(アイドルだったかどうかは?ですが)が最初だったと思うのですが・・・・。丁度オイルショックで、頁数が激減していたのを覚えています。 3. MUSASHI 2014年05月28日 00:28 怠惰な学生生活を送ってしまった私と違って、目標を持って頑張っておられたのですね。 藤圭子さんの表紙と言えば、横尾忠則画伯作の少年マガジン「すまけ預命」が頭に浮かびます。1971年10月なのでこちらが最初かもしれません。時代は60'sから70'sに移ったと言うことだと思います。1973年は天地真理ブームで、72年の暮れから少なくとも5回少年サンデーの表紙を飾りました。 4. 囃ハルト 2014年05月28日 19:37 そうか71年だったのですね。 確かに73年は天地真理一色でしたね。 当時の少年誌の人気漫画は何だったのですか? 私の記憶では「愛と誠」くらいしか思い浮かばないのですが、これもあてになりませんが(笑) コメントフォーム 名前 コメント 評価する リセット リセット 顔 星 投稿する 情報を記憶
コメント
コメント一覧 (4)
それが1970年代になると、いわゆるアイドルブームで少年サンデー、マガジンの表紙にも女の子が登場するようになりました。特に印象的だったのが松本ちえこさん。1976年の秋だったと思いますが、同じ週のサンデーもマガジンも彼女が表紙でした。♪まんまる顔の女の子はいい妻になれるって。私ってなれそう?ねっ、バスボン♪と歌っていましたが、どんな奥さんになったのでしょう。
1976年というと丁度、国家試験を受験した年でした。受験した科目に無事合格できたので今があるのですが、その分、当時の娯楽情報が欠落していました。キャンディーズのメンバーのニックネームも解散が決まってから知りました。
私の記憶では女性アイドルが少年週刊誌に登場したのは1973年の藤圭子(アイドルだったかどうかは?ですが)が最初だったと思うのですが・・・・。丁度オイルショックで、頁数が激減していたのを覚えています。
藤圭子さんの表紙と言えば、横尾忠則画伯作の少年マガジン「すまけ預命」が頭に浮かびます。1971年10月なのでこちらが最初かもしれません。時代は60'sから70'sに移ったと言うことだと思います。1973年は天地真理ブームで、72年の暮れから少なくとも5回少年サンデーの表紙を飾りました。
確かに73年は天地真理一色でしたね。
当時の少年誌の人気漫画は何だったのですか?
私の記憶では「愛と誠」くらいしか思い浮かばないのですが、これもあてになりませんが(笑)