僕が観たアーティストの数々のステージ・パフォーマンスの中で、今も記憶に残る衝撃のパフォーマンスがある。それは1968年の春に行われた第35回日劇ウエスタン・カーニバルのザ・タイガースのステージ、ジュリーが歌う「傷だらけのアイドル」だ。「傷だらけのアイドル」は、1967年に公開されたマンフレッド・マンのボーカリスト、ポール・ジョーンズ主演の映画「PRIVILEGE」のタイトル曲「FREE ME」のカバー。映画で主人公が演じる「アイドル」という操り人形の苦悩を、ジュリーはまるで自分自身もそうであるかのように、鎖を腕に巻きつけて表現する。生まれて初めて見るショッキングなパフォーマンスに僕は鳥肌が立った。
最高のステージ
それまでの僕にとって、GS(グループ・サウンズ)というのは自作自演バンドの印象が強かった。「ノー・ノー・ボーイ」「サマー・ガール」、「思い出の渚」、「センチメンタル・シティ」などオリジナリティ溢れる楽曲の登場は、老化したミュージック・シーンに風穴を開けるような爽快感を僕に与えた。だがザ・タイガースの登場は、GSが単に自作自演バンドで完結するのではないことを僕も含めて当時のオーディエンスに強く印象付けたのだ。それは沢田研二という稀代の表現者がリード・ボーカリストだったからだ。彼らをミュージック・シーンの頂点に押し上げた「君だけに愛を」は、GSが単なる自作自演バンドではなく、そのステージ・パフォーマンスも魅力であることをオーディエンスに伝えるキッカケとなった。それ故巷間で評価の高い彼らの「ヒューマン・ルネッサンス」は、僕には室内音楽への傾倒としか捉えることが出来なかった。「廃墟の鳩」や「青い鳥」は楽曲として耳障りは良いが、果たしてライブで楽しめるシロモノでは決してない。と、失望していたところにリリースされたのが「美しき愛の掟」だった。他人の評価はどうあれ、僕は「美しき愛の掟」はザ・タイガースでしか、もっと言えばリード・ボーカルが沢田研二でなければ表現できない日本のロック・ミュージックの最高峰だと思う。しかし悲しいかな、この曲の発売直前にトッポが脱退してしまうのだ。結局、当時はオリジナル・メンバーでのライブを見ることができなかったのだが、世紀を経て、実に44年の歳月を要して、そのライブは実現したのである。