吉田豪が、キョンキョンの本が面白いと言っていたので、早速彼女のエッセイ集「黄色いマンション黒い猫」を買って読んでみた。

快適に読み進んでいたら「嵐の日も彼とならば」という章に来た。あれ、このタイトル、どこかで聞いた覚えがあるなと思って読んだら、彼女がデビュー準備中の時のボイス・トレーニングの事が書いてあり、その時の課題曲が、なんと南沙織の「純潔」。そうだった。「嵐の日も彼とならば」は、「おうちが飛びそうでも」と続く、音聖・筒美京平先生が作曲された「純潔」の歌詞だった。この時、懐かしさと同時に、僕の脳裏には忘れることの出来ないあの日の出来事が蘇った。それは1998715日の夜。僕はこの日、取引先のパーティーで有楽町の帝国ホテルに居た。宴もたけなわになった頃、主催企業の専務がやってきて、「今夜、筒美京平と久しぶりに会うんだけど、一緒に来ない?」と、思わぬお誘いを受けたのだ。その専務は大学時代、筒美先生と同じサークルで先輩だったらしく、その日はサークルの同窓生が集まり久々にセッションを行うということで、筒美先生もやってくるかも知れないということだった。何を隠そう僕は、「純潔」をはじめ「くれないホテル」「涙の糸」「ふたりは若かった」「恋の十字路」「魅力のマーチ」「半分少女」「ジョイ」「青春挽歌」「さらば恋人」「ロマンス」「空想Kiss」「ヨコハマ・チーク」・・・・・数え上げればきりがないほど筒美先生の作品が大好きな筒美京平オタクなのだ。だから専務のお誘いに当然舞い上がってしまった。パーティーが終わり専務と二人で向かった南青山のジャズ・バーに、程なくして筒美先生は現れた。専務から紹介を受けた僕が作品の中で特に好きな楽曲を伝えたら、筒美先生は凄く喜んでくれて、快く握手に応じてくれた。まさか、この日がこんな展開になるとは予想もしていなかったため何も持っていなかった僕は、自分の名刺の裏に先生のサインを頂戴した。一生の宝物だ。筒美先生は風評ではマスコミ嫌いで固いイメージがあるとのことだったが、仲間内の集まりでもあり、この日は終始笑顔を絶やさず上機嫌だった。そしてこの日、めったに聴くことができないと言われていた先生のピアノ・ソロを聴くことができた。それも2曲も。本当にラッキーな夜だった。

そう言えばキョンキョンも最初の方はパッとしなかったが、5曲目に出した筒美先生の「まっ赤な女の子」でブレイクしたのだった。



Page0001 - コピー
キョンキョン