レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

今日、近くの図書館に行き、何の気なしに雑誌のブースを見ていたら、「ドラゴンエイジ」という月刊誌が目に留まった。表紙を飾っているのはアニメの〝少女〟。だが中身は殆どが小説だったので、ターゲットとしている読者層が気になり、帰宅して調べたら「少年月刊誌」だった ...

1950年代後期から60年代初頭にかけて少年雑誌の王者は月刊「少年」だった。「鉄人28号」「鉄腕アトム」「矢車剣之助」「海底人8823」「怪人20面相(少年探偵団)」といった連載漫画が実写放映されていた。 ...

僕にとって鉄腕アトムは、アニメよりも実写の方が記憶が鮮明だ。アトムのコスチュームもそうだが、頭の形も変化している。鉄人28号も実写があったが殆ど記憶にない。すぐ終わったように思う。どちらも月刊「少年」に掲載されていた。昭和30年代の月刊「少年」は無敵だった。 ...

「悲しき60才」「ステキなタイミング」の連続ヒットで〝お茶の間のアイドル〟となり、その後も「九ちゃんのズンタタッタ」やニール・セダカのカバー「カレンダーガール」をヒットさせ、映画にも進出を始めた九ちゃんは、ジョニー・マエストロ&クレスツの「モデルガール」を ...

僕は長男だったため、子供時代の情報は身近な友人から入手するより手がなかった。そんな中で幼稚園時代の僕の情報源はトモイマサル君だった。〝海の王子〟に続いて彼から得た情報が〝ナショナルキッド〟だった。ナショナルキッドは〝ぼくら〟に連載されていた。小学校に上が ...

九ちゃんとパラキンは「ムスターファ」と、続いてリリースされた「ステキなタイミング」との連続ヒットで、瞬く間にお茶の間の人気者となる。その人気を受けて、「ムスターファ」の邦題をテーマに1961年5月、映画「悲しき60才」が封切られる。僕はこの映画を、近所の小さな映 ...

黄金の60年代/ゴールデン・シックスティーズは、坂本九とパラダイスキングの〝ムスターファ〟から始まった。 ...

昭和37年(1962年)週刊少年マガジン第1号から梶原一騎のデビュー作「チャンピオン太」が始まった。翌38年(1963年)52号までの丸2年間に亘って連載されるが、その間〝ノックアウトQ〟に始まり〝ダブル・ノックアウトQ〟、〝大空中がため〟、〝人間水爆〟と主人公・大東太 ...

1961年度のミュージックライフ人気投票で女性歌手部門第1位は江利チエミ、そして男性歌手部門の第1位は守屋浩だった。1961年度といっても発表が3月号だから、〝1960年度の人気者〟といえるのだろう。守屋浩は、後に舟木一夫へと続く〝青春歌謡〟路線の草分けだった。彼の歌う ...

僕の初恋はナショナルキッドに出演していたチャコ姉ちゃんだった。演じていた太地喜和子(当時は志村妙子)さんは48歳でこの世を去った。御命日は10月13日。僕はこの10月13日という日に凄く縁がある。父の命日が10月13日。親戚の中で一番僕を可愛がってくれた伯父の命日も10 ...

1960年代初期、僕の一番好きだった漫画家は故・吉田竜夫先生だった。僕と吉田作品との最初の出会いは少年画報に掲載されていた「パイロットA」。後に「マッハGO!GO!GO!」にリメイクされ世界的ヒットになる。 ...

数あるヒーロー番組の主題歌の中で、一番よく聴いたのが「少年ジェット」の主題歌だ。何故か「少年ジェット」だけは頻繁に再放送されていた。主題歌の最後にナレーションが入る。「少年ジェットこそ、まことの少年の姿である。いかなる困難、危険も越えて少年ジェットは今日 ...

ぼくらの英雄・月光仮面少年クラブ1959年3月号の口絵漫画は、まぼろし探偵の作者・桑田次郎が描いていた。 ...

赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーなびかせた〝まぼろし探偵〟の正体は、親に心配かけまいと、あっという間に早変わりする知恵と勇気の少年、富士進君だった。まぼろし探偵は少年画報に連載されラジオ番組からスタートし、1959年にテレビ化された。少年画報1959年9月号の口 ...

1959年、ロカビリー歌手大挙総出演のロカビリー映画「青春を賭けろ」が公開される。主役はセンターにいる夏木陽介。左から2番目にいるのが、ドリフターズからパラダイスキングへ移籍した坂本九ちゃん。九ちゃんは翌年になると、この映画のシナリオ通りに、山下敬二郎を抜いて ...

日本で最初にロックン・ロールをカバーしたのはダーク・ダックスで、ビル・ヘイリーとコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」だったそうだ。その後、エルヴィス・プレスリーが登場し、「ハート・ブレイク・ホテル」をカバーした小坂一也が最初の和製プレスリーと呼 ...

1958年2月8日、日劇で第1回ウエスタンカーニバルが開催され、ロカビリー・ブームが到来する。当時、僕は3歳。テレビも無かったから、カーニバルの様子を知ったのはずっと後になってから。だが、それで良かったと思う。何時だったか、当時の録画を見たとき、山下敬二郎のウェ ...

少年サンデーに連載されていた「海の王子」は不死身のハイドラと戦い、ハイドラを倒すも、チエノ博士やハナさんの前に戻ってこなくなる。本編はこれで最終回となるが、別冊少年サンデー1961年夏休み号で復活。まさにタイトルも「海の王子の復活」。 ...

「海の王子」が週刊少年サンデーに連載されていたことを知ったのは、ずっと後のことだ。何故、知ったのかは記憶がないが、その時には既に連載は終了していた。左の扉絵は週刊少年サンデー1959年10月11日号に掲載されたもの。何年か前にヤフオクで入手した。 ...

生まれて初めて読んだ漫画は藤子不二雄の「海の王子」だった。幼稚園の時、友達だったトモイマサル君に勧められて。というか、彼が持っていたものを、ただ単に欲しかっただけなのだろう。幼稚園時代、僕は守屋浩や平尾昌章が好きで、漫画にはまるで興味がなかったのだが、こ ...

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