レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

僕のブログを読んで下さった「Saoの猫日和」様が、1972年の「女学生の友」でジュリーが第1位だったことを書かれていた。http://blog.goo.ne.jp/nagatasatoko/e/5b172bdae228f16d5b2bf10dfcd6d093ジュリーは、1974年には「女学生の友」の対極に位置するようなロック・ミュ ...

1972年初頭、日本中を震撼させた「あさま山荘事件」によって、若者たちの政治離れが一気に加速する。彼(彼女)らの関心はアイドルへと向かう。この年、創刊20周年を迎えた月刊明星は1965年を最後に途絶えていた「オールスター人気投票」を復活。芸能界はアイドルの黄金時代 ...

吉田豪が、キョンキョンの本が面白いと言っていたので、早速彼女のエッセイ集「黄色いマンション黒い猫」を買って読んでみた。快適に読み進んでいたら「嵐の日も彼とならば」という章に来た。あれ、このタイトル、どこかで聞いた覚えがあるなと思って読んだら、彼女がデビュ ...

今から5年前、田宮模型からスロットカーの復刻ボディが販売された。あっという間に品切れになり、直後のオークションで頻繁に取引された。ロータス30ローラTエルバマクラーレン ...

 今春スタートのドラマの中で一番気に入っているのが、水曜日10時から読売テレビで放送されている「世界一難しい恋」。大野智扮する一流ホテルの社長が、波瑠扮する有能な新入社員に惚れてしまうのだが、この社長、女性経験が皆無のようで、彼女のことで一喜一憂するその姿 ...

初代ジャニーズを初めてテレビで見たのは小学校4年生の時だった。当時の僕はビートルズの「抱きしめたい」をカバーしていたスリー・ファンキーズのファンで、優等生を絵に描いたようなNHK推薦のジャニーズはちょっと苦手だった。スパイダースがブレイクした時、ムッシュが ...

1958年、日本のポップス界を代表してジャズ・シンガーのナンシー梅木がアカデミー賞助演女優賞を受賞。それから5年後の63年、坂本九が「上を向いて歩こう」でビートルズよりも先にキャッシュボックス、ビルボード両誌で1位を獲得する。6年後の69年にはジュリーが「Rolling St ...

辻なおき先生の「0戦仮面」は、週刊少年キング1966年29号から48号にかけて連載された。連載第1回のプロローグで、かつて少年撃墜王の名を馳せた〝桜太郎〟〝東はやと〟の二人が紹介され、新たに登場した0戦撃墜王が仮面をつけていることから、その正体は〝桜太郎〟なのか、 ...

1968年という年は、日本においても世界においても、まさに真夏のように〝熱い〟一年だった。ベトナム反戦運動や公民権運動、五月革命、プラハの春などの世界的な動きの中で、我が国においても東大紛争や新宿争乱が起こった。そのエネルギーは政治的側面のみならず、文化や芸 ...

今日はひな祭り。女の子の健やかな成長を願って雛人形を飾る。僕が少年の頃、健やかすぎて男子顔負けの女の子を〝お転婆〟と呼んで面白がったが、1950年代後半から子供たちに人気のあった〝お転婆〟が「あんみつ姫」。あまから城を抜け出し、あちこちでコミカルな騒動を巻き ...

〝チョコバー〟という名の明治製菓のスイーツを生まれて初めて食べたのは小学生の頃だった。そのとき食べたものは、何やらヌガーのようなものの中にレーズン(というよりも干し葡萄)が混じっていて、うっすらとチョコレート・コーティングしてあるような後味の悪い代物だっ ...

月刊少年1962(昭和37)年2月号の裏表紙に養命酒の広告が掲載されている。体の弱かった一夫君が養命酒を飲んで元気になるという筋立てだ。当時の養命酒は子供を元気にする飲み物だったのだ。 ...

週刊少年キング創刊号から連載された「月光」は1965年10号の最終回まで1963(昭和38)年2号、4号、7号、9号、11号、15号、1964(昭和39)年14号、19号、24号、27号、33号、39号の12回、その扉をカラーで飾った。 ...

隠密剣士は、1962年10月7日から1965年3月28日までTBS系タケダアワー枠(毎週日曜19時からの30分枠)で全10部(計128話)に渡って放映された宣弘社プロダクション製作による大瀬康一氏主演の連続テレビ時代劇。当時、少年たちの間で忍者ブームの火付け役となっていたのは、少 ...

今から遡ること48年前の1970年5月9日。大阪万博開催直後の万博ホールで人気歌手を一堂に集め、「全国ヤング歌謡フェスティバル」と題する一大イベントが開催された。手掛けたのは、当時刃向うものなしの渡辺プロ。このフェスティバルでは事前に出場歌手の人気投票を行い、そ ...

1960年代、少年に大人気だった月刊「少年」はお正月と夏休みに増刊号を出版していた。タイトルは最初「探偵ブック」だったが、途中で「スリラーブック」に変わり、60年代中期にはそのタイトルはなくなった。 ...

少年たちの憧れは、宇宙飛行士にパイロット。人気者は長嶋・大鵬・坂本九。そしてこの年は「アメリカン・グラフィティ」のモデルになり、我が国のミュージック・シーンはカバーポップスの黄金時代だった。 ...

今年は〝エルメスの旅するオルゴール〟をいろんな方から頂いたが、オールディーズのクリスマス・ソングといえば〝Baby Please Come Home〟。11月に入ると大阪の各所でイルミネーションによるライトアップ・パフォーマンスが始まった。写真は梅田ヒルトンホテル・京阪大江橋駅 ...

僕が小学校4年生の時、ナベプロの女性シンガーたちが競ってカバーしていたシルヴィ・ヴァルタンの「アイドルを探せ」。そのタイトルと訳詩が、なんとも噛み合っていないことが子供心にも不思議に感じていたが、当時はメロディ・ラインの美しさに惹かれて、あまり気に留めてい ...

スロットカー全盛時代、葉巻型フォーミュラは子供たちの目にとてもカッコよく映った。小学校6年生の冬休み、お年玉を全額はたいて近所の模型屋でロータスフォードのボディだけを買った。スロットカーはボディとシャーシの組み合わせを変えることが出来たので、パーツのバラ売 ...

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