レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

 1970年代に登場した歌よりもルックス重視のアイドル・シンガーたち。田中好子(キャンディーズ)・麻丘めぐみ・浅田美代子桜田淳子・岡田奈々・あべ静江・風吹ジュン相本久美子・片平なぎさ・藤谷美和子 ...

1960年代の美女たち浅丘ルリ子・笹森礼子・星由里子・松原智恵子高石かつ枝・本間千代子・加賀まりこ・酒井和歌子内藤洋子・吉永小百合・鰐淵晴子・小山ルミBGMはジーン・ピットニー「ドリーム・フォー・セイル」 ...

僕が少年時代だった頃のヒーローの実写版DVDが続々と販売されている。実写版「鉄腕アトム」はリアルタイムではなく夏休みの再放送番組で観ていたが、「アトムとフランケンの巻」は特に記憶に残っていて、もう一度観たいと思っていた。それというのも実写版フランケンが、 ...

1950年代後半から60年代初頭にかけて我が国では西部劇がブームとなった。「ローハイド」や「ララミー牧場」などが人気となり、中でも「ローハイド」のテーマ・ソング「ローレン、ローレン、ローレン・・・・・」は子供たちの愛唱歌となった。「ララミー牧場」ジェス役のロバ ...

ここ何年か誕生日を迎えると来し方を顧みてしまう。こんな生き方で良かったのだろうかと、それはいつも心を重く暗くするが、やがて自らがないものねだりをしているに過ぎないことに気づき、振出しに戻る。僕にとっての振出しは、間違いなく1973年だ。このCMソングを聞くと ...

先日美容院で週刊誌を読んでいたら、レコード大賞が金で買われているという記事が載っていた。そろそろ大賞審査の季節らしいが、レコード大賞と聞いて真っ先に思い出すのが〝奇跡のカムバック〟と言われた水原弘だ。水原は1959(昭和34)年、「黒い花びら」で第1回レコード ...

  僕が観たアーティストの数々のステージ・パフォーマンスの中で、今も記憶に残る衝撃のパフォーマンスがある。それは1968年の春に行われた第35回日劇ウエスタン・カーニバルのザ・タイガースのステージ、ジュリーが歌う「傷だらけのアイドル」だ。「傷だらけのアイドル」 ...

1968年、映画「ケメ子の唄」のヒロインでデビューしたアイルランド・日本のハーフ小山ルミは、そのキュートなルックスで当時中学生だった僕たち男子生徒のハートをわしづかみにした。彼女が出演したテレビ番組が放送された翌日、僕たちの挨拶は「観た?」だった。ルミちゃん ...

1961年も今年と同じように残暑が10月まで続いていた。遡ること一月前の9月、人気ジャズ・ピアニスト中村八大は3回目のリサイタルを開いていた。彼がこのリサイタルのために作った楽曲「上を向いて歩こう」は、当時パラダイス・キングのフィーチャリング・シンガーでオリジナ ...

週刊少年キング1963(昭和38)年10月6日(第11)号から連載が始まった桑田次郎先生の「キング・ロボ」。正体が「キング星からやってきたガス状の気体」という斬新な発想で、胸からロケット弾を放ち、両腕はロケット砲、両足はドリルと、それぞれのパーツが活躍する。まさに合 ...

昨日、久々にジュリーの「un democratic love」を聴いた。東北大震災以降、彼の作品の多くは政治に対する強烈なメッセージを帯びている。ザ・タイガースが人気の頂点にいた頃、渡辺プロダクションは既に政界との太いパイプがあり、当時の首相だった佐藤栄作はジュリーにむか ...

1962年から週刊少年サンデーで連載が始まった「おそ松くん」は、赤塚不二夫先生の名を世に知らしめた出世作であり、1960年代を代表するギャグ漫画。チビ太、イヤミ、デカパン、ハタ坊、ダヨーンのおじさんなど数多くの人気キャラクターが登場し、高度経済成長に沸く60年代の ...

〝cute〟という言葉は1960年代の加賀まりこのためにあるのか。 ...

猛暑が続くと僕は高校三年生の夏休みを思い出す。その日も早朝から太陽は容赦なく照り続いていた。僕は予備校主催の模試を受けるため府下にある大学を訪れていた。試験会場となったのはだだっ広い講義室だったが、三年生ばかりでなく予備校生も交じっていたため満席状態だっ ...

今日は終戦記念日。1960年代初頭、少年雑誌の世界では多くの戦記漫画が連載されていた。そんな中で戦争の悲惨さを訴えた名作が、ちばてつや先生の「紫電改のタカ」。この作品は週刊少年マガジン1963年27号から1966年3・4合併号まで連載された。最終回、主人公・滝城太郎は特攻 ...

今年の12月31日で解散することになったSMAP。バラエティ番組でメジャーになり、個人とグループ活動とを並行しながら老若男女に愛されていた彼らを、僕はクレイジー・キャッツと重ね合わせて観ていた。クレイジー・キャッツは1955年に結成されてから未だ解散していない。もは ...

1960年代後期、ザ・タイガースのリード・ボーカリストとして「静かに」登場し、それまでの男性アイドルの概念を根底から覆したのが沢田研二だった。アイドルとは〝学生服を着て青春歌謡を歌う健康優良児〟と信じて疑わなかった当時の一般大衆は、少女時代の美空ひばりに浴び ...

sao様から野球漫画のヒントを頂いたので、少年マガジンに連載されていた「魔球」を描いた野球漫画の系譜を作ってみた。魔球を中心に眺めてみると「巨人の星」は前2作の影響を大きく受けている、というか、魔球の系譜は実質的に大リーグボール1号で打ち止めのようだ。タ ...

僕にとって「エイトマン」の主役は関さち子だった。週刊少年マガジンで「エイトマン」の連載が始まったのが昭和38年20(5月12日)号。東探偵事務所の職員として関さち子は登場する。ちょっと気の強そうな、でも可憐で可愛いこの女の子が、次第に物語の中心になってくる。さち ...

 1966年、連載が終了した「伊賀の影丸」の後を継ぎ少年サンデーで連載が始まった「飛騨の赤影」。「忍び」=「影」、そして「伊賀」から「飛騨」へと横山光輝先生の忍者におけるコンセプトを継承したものだったが、その背景にはテレビ化されるはずだった「ワタリ」が土壇場 ...

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