レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

 梶原一騎原作:ながやす巧作画の「愛と誠」は、誰もが羨むセレブで優等生の美少女・早乙女愛と極貧の不良少年・大賀誠とのラブ・ストーリーで、1973年から76年まで3年半に亘り週刊少年マガジンに連載された。 物語は早乙女愛が初恋の相手・大賀誠を追いかけ回す展開で、そ ...

1971年4月、この年高校2年に進級した僕は、相も変わらず受験勉強に没頭する毎日を送っていた。級友たちは何がそんなに楽しいのか、みんな生き生きとした表情で、それぞれが口元に笑みを湛えていた。彼らにとって高校2年生というのは、青春を謳歌する「よろこびの時」だったの ...

   フォーリーブスは1967年にデビューしたので当初GSの扱いを受けていたが、GS衰退後の70年から弟分の郷ひろみがデビューする72年までローティーンの女の子たちの愛を一手に引き受けていた。ステージでバク転をやったのも彼らが最初で、それを見た僕は今後何かの役に ...

1968年の秋、都心で一人暮らしを始めたジュリーの愛読書は山本周五郎。ドラムを始めたり、カンツォーネを歌いたいと語っているが、どちらもステージで実現している。とりわけカンツォーネに関しては、彼の歌う「アモール・ミオ」はミーナの原曲よりも素晴らしい。 ...

先日「いつものことではあるけれど」を書かれているおーちゃん様とお会いし、音楽に傾倒し始めた年が1975年であることをお聞きした。この1975年という年は僕にとってもエポックな年だった。この年、同志社大学は創立百周年を迎え僕らのゼミでも学園祭に出店しようということ ...

 小学校、中学校、高校、大学と4度の卒業式を経験したが、何れも良い思い出が無い。特に酷かったのは高校の卒業式だった。僕の通っていたA高校は、学区にある10校の中で5番目にランクされていた。高校受験も間近に迫った頃、志望校を決めるに当たり進路指導の教師は僕に、 ...

僕の記憶では1968年という年は、国内外問わず大衆音楽の当たり年となっている。まず国内のミュージック・シーンを牽引していたのは「君だけに愛を」「花の首飾り」「シーシーシー」と立て続けに大ヒットを飛ばしていたザ・タイガースや「エメラルドの伝説」のテンプターズ ...

我が国ポピュラー・ミュージックの草分けがまた一人この世を去った。カントリー・シンガーとしてデビューしたムッシュかまやつ氏の幅広い才能が開花したのは、やはりザ・スパイダースがメジャー・シーンに躍り出た時からだろう。1966年4月にリリースされた「ザ・スパイダース ...

僕が物心ついたとき、ヒーローたちは仮面を被っていた。「まぼろし探偵」「七色仮面」そして「ナショナルキッド」。アニメでリメイクされなかった彼らは、実写版・変身ヒーローのルーツだった。とりわけ「ナショナルキッド」にいたっては毎週のテレビ放送を欠かさず観ていた ...

なんと20年ぶりにインフルエンザに感染してしまった。外出時にはマスクを着用し、帰宅直後にはイソジンのうがいと爪の間までこまめな手洗いを欠かさなかったのに、やはり年齢には勝てなかったか・・・・・。熱は一日で下がったが、その後の3日間、外出禁止を言い渡されてい ...

今から50年前の今日、1967年2月5日、我が国のミュージック・シーンを大きく変えることになるモンスター・グループ、ザ・タイガースの記念すべきデビュー・シングル「僕のマリー」が発売された。この時の宣伝ポスターには彼らを称して「フォーク・ロック・グループ」と記され ...

数年前、知り合いの営業マンが、プレゼンや大事な商談の前には必ずブリトニー・スピアーズの「Till The World Ends」を聴いてテンションを上げると話していたが、確かにこの曲はテンションが上がる。僕も大好きな曲だ。でも僕にとって今までの人生の中で、テンションを上げ ...

1960年~1969年の間、明星、平凡、近代映画、ミュージックライフで行われた人気投票及び表紙、付録ポスター、ピンナップ、グラビア等の登場回数をデータ化し選んだアイドル男女20人。まずは男性アイドルからブレイク順に紹介。                        ...

「俺は夢を見ているのか?」一瞬、目を疑った。何気にオークションの出品画像を眺めていた僕の目に飛び込んできたのは、なんと、あの、子供の頃夢にまで見た〝まぼろし探偵の電波ピストル〟だった!まぼろし探偵が番組で手にしていたものとは色が違うが、形状、大きさ、とも ...

1960年~69年の10年間、「月刊明星」の表紙に一番多く登場したのは吉永小百合で、その登場回数はダントツの20回。また1年間の登場回数では、1968年の瞳みのるがトップで、その登場回数は5回だった。                                    ...

    僕の周りにいる人たちに、人生の中で一番楽しかった時期を尋ねると、殆どの人たちが高校時代と答える。僕はそんな人たちとは正反対で、高校時代は一番苦しい時期だった。1970年、大阪は万国博覧会で賑わっていたが、高校生になったばかりの僕は、一人暗い毎日 ...

昨年はビートルズ来日50周年だったが、今年は、彼らの来日が突破口となりグループ・サウンズ(GS)と名付けられたバンド・ブームの花が開いて丁度50周年に当たる。既にブレイクしていたスパイダース、ブルー・コメッツ、ワイルドワンズに続けと、1967年2月にはザ・タイガー ...

〝ものまね〟といえば、1980後半~90年代にかけてフジテレビの『ものまね王座決定戦』でブームとなった清水アキラ・ビジーフォー(グッチ裕三・モト冬樹)・栗田貫一・コロッケの〝ものまね四天王〟が記憶に新しいが、1960年代から「ものまね番組」はお茶の間に人気があった ...

 漫才ブームで幕を開けた1980年代は、バブル世相を反映してかアイドル歌手の花盛り。女性アイドルは河合奈保子 松田聖子 松本伊代 小泉今日子 中山美穂 石川秀美 岡田有希子 菊池桃子 本田美奈子 後藤久美子 西村知美 南野陽子 渡辺満里奈 浅香唯 中森明菜や工藤 ...

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