レトロメディア・囃ハルト商店

1960年代の少年雑誌・芸能雑誌・漫画・アイドル・J-POP・玩具

1968年、GSブームの頂点に立ったザ・タイガースを中心にアイドル雑誌が次々と創刊される。5月~6月にかけて登場した週刊「セブンティーン」、週刊「ティーンルック」、月刊「ヒットポップス」は、GSブームが既にグループを離れメンバー個人の人気に集中していることを背 ...

いよいよ明日は衆院選の公示日。各地の選挙事務所は出陣式の朝を迎える。8月末に業界で作る政治連盟の支部連会長に就任してからいきなりの選挙で、先月末から先週にかけて非常に慌しい毎日を過ごした。付け焼刃的に公職選挙法、政治資金規正法のレクチュアを受けたが、選挙 ...

1961年、九ちゃんの「ステキなタイミング」で幕を開けたカバー・ポップス・ブームは、1962年にそのピークを迎える。年明け早々に飯田久彦の「ルイジアナ・ママ」が大ヒット。飯田は〝チャコ〟の愛称で忽ちアイドル・スターになり、この曲1曲で年末の紅白に出場。春にはデル ...

  今日は 敬老の日だが、先日孫の通う幼稚園の祖父母参観に出席して、何とも懐かしい歌を耳にした。その歌は「おかえりのうた」。幼稚園限定なのだろうか、小学校に上がると歌われなくなったが、自分が子供の頃に耳にした歌を孫たちが歌っていることに不思議な感動を覚えた ...

ナショナルキッドのファンの方が自前で制作したコスチュームがヤフオクで出品されている。https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n225683193最低落札価格も設定されているようだが、一体いくらで競り落とされるのだろうか?非常に興味深いが、製作費にいくらかかった ...

    最近、少しだけ時間が出来て来たからか、ふと思い出すことが多くなってきた。もう7年も前だが、ジュリーがワイルドワンズとジョイントした「涙がこぼれちゃう」の作者、吉田Qのことを思い出した。鈴木雅之が〝ネオ・レトロ〟と呼んだ彼の作品は、切なく甘酸っぱいメロ ...

  もうすぐ子供達の夏休みが始まる。小学生の頃体の弱かった僕は、夏休みの間ほとんど遠出することがなかった。当時、僕の家は父、母、母方の祖母、弟、そして母の姉にあたる伯母との6人家族だった。伯母は中之島の商社に勤めるOLで、大阪の最南端にあるガソリン・スタン ...

  大学生になった僕にとって、一番大切だった事はジュリーの真似をすることだった。長髪にパーマをかけ、DOMONのブラウスにベルボトムのジーンズ、それからラビット襟のシャツにスリー・ピースのスーツ、そしてヒールが7センチあるロンドン・ブーツを履いて大学に通った。授 ...

「シャボン玉ホリデー」は1961(昭和36)年6月4日から1972(昭和47)年10月1日にかけて、なんと11年に亘り毎週日曜日の夜6時30分から7時まで日本テレビ系列で放送された。昭和30年代後半、一般家庭における日曜夜の典型的なテレビ鑑賞の流れは、「てなもんや三度笠」→「シャ ...

石川県小松市にある日本自動車博物館を訪問した。まるで迎賓館のような立派な建物。アルファロメオやトライアンフも間近で見るのは初めてだったが、何と言っても目を引いたのはレトロな自動車の数々。現在もスロットレーサー・ファンに人気のある通称〝ヨタハチ〟、トヨタス ...

1968年の今日、僕は生まれて初めて日本のアーティストのレコードを買った。前年の暮れに、我家にレコード・プレイヤーがやって来た。ステレオではなく卓上プレイヤーだった。父の仕事が軌道に乗り出した頃だったのだろう。プレイヤーを買ってもレコードがないと意味がないか ...

京都にお住いの同業者の方からご近所にあるレトロ屋さんをご紹介頂いた。知る人ぞ知る京都昭和レトロ〝いっぽう堂〟さんだ。ご店主の中川氏は中村七之助似のイケメンで、昭和50(1975)年のお生まれ。お店を起こされたのは、子供の頃に超合金のオモチャを買って貰えなくて、 ...

    昨日で2年間に亘る公務を無事終えることが出来た。官職の長の方から花束まで頂き光栄の極みだった。同業者団体の地域の長という役職だったので、引き受けた直後はさぞストレスが溜まるだろうと思っていたが、いざ始めてみると僕の視界には美しい景色しか映らなかった ...

1960年代の人気番組「ザ・ヒットパレード」の台本を入手した。1963年2月12日に放送されたもので、録音もリハも同日なので生放送だったようだ。MCは長沢純さんと豊原ミツ子さん。当時、長沢さんのスリー・ファンキーズは№1アイドルだった。この日の第一位は「史上最大の作 ...

  僕が生まれた時、一緒に住んでいたのは父、母、そして母方の伯母、母方の祖母で、弟が生まれると6人家族となった。テレビのチャンネル権は他界するまで祖母が握っていたが、その祖母がほぼ毎日観ていたのが「スター千一夜」だった。「スター千一夜」は昭和34年から56年ま ...

 梶原一騎原作:ながやす巧作画の「愛と誠」は、誰もが羨むセレブで優等生の美少女・早乙女愛と極貧の不良少年・大賀誠とのラブ・ストーリーで、1973年から76年まで3年半に亘り週刊少年マガジンに連載された。 物語は早乙女愛が初恋の相手・大賀誠を追いかけ回す展開で、そ ...

1971年4月、この年高校2年に進級した僕は、相も変わらず受験勉強に没頭する毎日を送っていた。級友たちは何がそんなに楽しいのか、みんな生き生きとした表情で、それぞれが口元に笑みを湛えていた。彼らにとって高校2年生というのは、青春を謳歌する「よろこびの時」だったの ...

   フォーリーブスは1967年にデビューしたので当初GSの扱いを受けていたが、GS衰退後の70年から弟分の郷ひろみがデビューする72年までローティーンの女の子たちの愛を一手に引き受けていた。ステージでバク転をやったのも彼らが最初で、それを見た僕は今後何かの役に ...

1968年の秋、都心で一人暮らしを始めたジュリーの愛読書は山本周五郎。ドラムを始めたり、カンツォーネを歌いたいと語っているが、どちらもステージで実現している。とりわけカンツォーネに関しては、彼の歌う「アモール・ミオ」はミーナの原曲よりも素晴らしい。 ...

先日「いつものことではあるけれど」を書かれているおーちゃん様とお会いし、音楽に傾倒し始めた年が1975年であることをお聞きした。この1975年という年は僕にとってもエポックな年だった。この年、同志社大学は創立百周年を迎え僕らのゼミでも学園祭に出店しようということ ...

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