元来出不精なのでステイホームは全く苦にならないが、身体を動かさないと血液の循環が悪くなる。休みの日には努めて近所を散歩していたが、花粉の大量飛散が始まり、散歩も自粛を余儀なくされた。仕方ないからYoutubeを身ながらダンスを始めた。  20年前はZOOのビデオに合 ...

 1960年代前半に我国ミュージック・シーンを席巻したカバー・ポップス。本国ではヒットしなくても日本で大ヒットした楽曲も沢山あるが、その代表とも言えるのが「ルイジアナ・ママ」。  1961年後半から62年のちょうど今頃にかけて、飯田久彦の歌う「ルイジアナ・ママ」は大 ...

 幼稚園だったか小1だったか、はっきりとした記憶がないが、当時まわりで流行っていた歌の中に「熱血カクタス」の主題歌があった。歌っていたのは当時大人気だった守屋浩。主役のカクタスが無国籍風のおっちゃんでマスク・ヒーローではなかったため番組としてはあまりパッと ...

     ザ・タイガースが解散して今日で丁度半世紀。1971年1月24日、彼らはたった4年余りの活動に終止符を打った。当時は今と違って情報が画一的で、それ故ブームが一極集中する反面、大衆が飽きるのも早かった。またプロダクションもタレントを育てようとする気配がなく、 ...

 伊藤蘭は僕より1ヵ月と20日後に生まれたから、今僕と同い年だ。 全盛時代のキャンディーズをよく知らない僕にとって、彼女たちは〝吉田拓郎の作品を歌っているアイドル〟だった。同じプロダクションの森進一が「襟裳岬」で大賞を獲ったので、その流れなのかな、という程 ...

     アレシオネさんがYOUTUBEに投稿された「再考PYG最高!」を観て〝キーやん〟こと木村英輝氏を思い出した。  木村氏は、懇意にして頂いている会長の親友で、その会長と会うといつも木村氏の話になる。会長が木村氏を〝キーやん〟と呼ぶので、僕にとっても木村氏は凄く ...

    50年前、ジミー・オズモンドが「とっても、すっぱいなんだー」と歌って出てきたときにはマジ仰天した。 少し見ない間に、ピーター・ヌーンが子供になってしまった!と思っちゃったよ・・・・・。 ...

 岸部四郎、マモル・マヌー、ルイズルイス加部・・・・ 守屋浩、藤木孝、中村泰士・・・・ 2020年もまた、僕を楽しませてくれたGSのアイドルやロカビリアン達が此の世を去った。 だが2020年は例年とは違う一年だった。 世界がオリンピックに沸くはずが、恐怖に包まれた異様な一年 ...

 浜田省吾は、まるで実の兄貴のように僕の心情に寄り添ってくれるアーティストだ。 30年前、年商の2倍近くの借金を背負って事業を承継した時、彼の「Money」は僕のテンションをMAXに上げてくれた。無自覚に人を傷つけてしまった時、「悲しみの岸辺」はこの世に共感してくれ ...

  何気にYahooを見ていたら、ビートたけしがマヂカルラブリーのM-1優勝ネタについて言及しているのが目に留まった。マヂカルラブリーの芸風は漫才論争にまで発展していて、その中には「笑いが進化している」と言うようなコメントもあった。だが「笑い」というのは人間の根 ...

   人それぞれに忘れられないクリスマスイブがあるのだろうが、僕の記憶にいつまでも残っているのが1987年のイブだ。あの年は異常だった。案の定、翌年には悪夢のような日々が待っていたのだが、そんなことは勿論予測すらできず、船大工、本通り、永楽町と北新地をマラソン ...

   今年の6月25日に書いた「年男ジュリー6廻り目のバースデイ」と同じ内容を「ザ・タイガースの真相」にもアップロードしたところ、マサキ様から下記のコメントを頂戴した。 「全く同感であります 1950年代アメリカにロックンロールが生まれエルヴィスプレスリーというカリ ...

   人の世の四苦八苦の中で一番の悲しみは「愛別離苦」だと言われる。数多ある別れの歌の中で涙を誘う〝歌詞〟といえば「喝采」かも知れないが、〝メロディー〟となると僕の場合は斉藤由貴のデビュー曲「卒業」になる。それまで、こんなにも儚くて悲しい旋律を聴いた事が ...

 嗚呼、この世は、はかなくせつない浮世絵か・・・・・・ ...

 今朝の大阪は「寒い夜明け」だった。1976年の今頃の夜明けが寒かったかどうか定かではないが、同年11月1日にリリースされた郷ひろみの「寒い夜明け」は、当時ギャグ・マンガ「まことちゃん」が大ヒットしていた楳図かずお氏の作詞によるものだ。楳図氏はホラー漫画の先駆者 ...

 1960年代と70年代の我が国ミュージック・シーンを大雑把にみると、おおむね同じような周期でアイドル・ブームが到来しているようにみえる。単独アイドルからグループ・アイドル、そしてバンド・ブームへといった流れで、年代が増すほどにそのブームに厚みが加わっている。6 ...

 タリオは昨夜で終わってしまったが、なんとなくSEASON2を匂わせるエンディングだったので楽しみだ。リモラブは佳境に入ってきたみたいだが、前回観ていて、何かこの雰囲気、少し前にも感じたな、と思ってWikipediaを覗いたら、〝『世界一難しい恋』を手掛けた制作陣が送る ...

 京子ちゃんとは小学校3年生の時に初めて同じクラスになり、よく席が隣同士になった。その後、中学校でも同じクラスになったが、その時の彼女は部活に夢中だった。大学に入って少し経った日の午後、中学校の同窓会をやろうと、京子ちゃんが僕の自宅にやってきた。彼女は吉 ...

 かつてラジオ番組でポール・アンカの「ダイアナ」を紹介する時、ディスクジョッキーは「最強のイントロ」という言葉をよく使っていた。アレンジが神憑り的な筒美先生の作品には、「最強のイントロ」、「最強の間奏」、「最強のエンディング」そして「最強のバック・コーラ ...

   筒美先生がデビューした1966年は、ビートルズが来日した年でもあり、我が国のミュージック・シーンが大きく動いた年でもあった。翌67年には青春歌謡のアイドルたちはグループ・サウンズに人気を持っていかれる。御三家と呼ばれ、歌謡界の頂点に君臨していた橋・舟木・西 ...

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